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岡潔(おかきよし)の素晴らしい言葉
2014.12.10

普段、あまりテレビを観ない大澤ですが、
さきほどテレビをつけると、たまたま面白そうなことをやっていたので、
ついつい観てしまいました。

その番組は、「林先生の痛快!生きざま大辞典」という番組。
調べてみたら、いつもは深夜枠でやっているそうですね。
今日はたまたまスペシャルでゴールデン枠でやっていたようです。

私が観たのは、その番組のほんの一部。
岡潔という奇才の数学者に関するエピソードの、
それも最後の部分。
話の流れから察するに、どうやら数学者としては天才だけど、
奇行の目立つひとだった様子。
しかし、単に奇抜なことをしているというわけではなく、
自分なりの「合理性」を追求した結果、
それが単に一般からすれば奇行に見えるだけ、というようなお話でした。
そういったことができるのは、自分自身にも、自分のやることにも、
しっかりと強い自信がなければできないですし、
「人と違っていてあたりまえ」という精神が無ければできません。
そう言った意味で、とても「肚の据わった人」だったのだろうなと思いました。

私が観たのはほんの数分でしたが、
その中で、岡潔さんの著作の中から、とても印象的な言葉が紹介されており、
私が算命学を通じて春草堂で言いたいのはまさにそのこと!と感じたので、
即座にメモをとり、そしてまたいま、すぐにこうしてブログを書いているわけです。

あわててメモをとったので、略文になりますが、ご紹介いたします。

数学なんぞを勉強して、人類に何の役に立つのかという質問に
岡潔は以下のように答えていたそうです。


スミレの花は、ただスミレとして咲けば良いだけであって、
それが春の野にどのような影響を及ぼすかは、
スミレの預かり知るところではない。



つまり、自分は自分のできることを努力すればよいのであって、
決して他人の真似事をしたり、周囲に迎合したり、
後々に与える影響ばかりに気をとられてはいけないということ。
ただし、スミレの花が小さくも美しく、可憐に春の野に色を添えているように、
いたずらに調和を乱すことのない範囲であれば、ということですが。
あくまでも個は全体の中の個であり、
同時に個の総体が全体というものを調和によって形作っていることを忘れてはいけません。

また、岡潔さんは、情緒深い日本人をこよなく愛し、
「人の中心は情緒である」とまで言っている人だったそうです。

情緒とは、感情の中でも最も繊細で敏感な感性です。
数学者でありながら、このような言葉を言うあたり、
数学と芸術というものがいかに密接なものかがわかりますね。

ちなみに、この鋭敏な感性は、五行で言えば「丁」(ひのと)でしょう。
火は五行のなかで唯一実態のないものです。
十大主星に言い換えれば、調舒星となります。

この岡潔さんの命式を調べてみるに、
戌亥天中殺の「丁卯」の日干支。中心星は調舒星。
まさに、数学者であると同時に、詩人、芸術家の感性を持っていたわけです。

ちなみに「丁卯」の有名人といえば、
日本芸術の巨匠、岡本太郎氏がいますね。

そしてなにを隠そうこの大澤も、同じ「丁卯」の日干支。
私は芸術家になる感性は持ち合わせておりませんでしたが、
岡さんも岡本さんも、時代を超えて、大いに共感できる感性の持ち主です。
まあ、私などお二人と並べて語るには遠く及びませんが、
偶然みたテレビ番組から、偶然に得た共感と、
偶然にもそれが算命学で裏付けられたことに、
驚きと喜びと、人の世の面白みを感じた、今日この頃なわけです。

今度、あらためて岡潔さんの著作を読んでみたいと思います。
そのときには、またご紹介いたします。

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