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春草堂の名前の由来
2014.07.25

「春草堂」という名前の由来をよく聞かれます。
ですが、説明すると長くなるので、毎度適当に答えています。

しかしながら、決して無意味に付けたわけではございませんので、
一応、こちらで釈明代わりに説明させていただきたいと思います。


春草堂の由来には、2つの意味があります。


■1つ目 有名な漢詩の一節から

少年易老学難成

一寸光陰不可軽

未覚池塘春草夢

階前梧葉已秋声


これは朱熹の作といわれてきた(けれど最近は否定されている)有名な漢詩です。
「少年が歳を取るのは早く、学問は成就しがたい。ちょっとの間も軽視してはいけないよ。
春に池の堤の草がゆれるのをうつらうつらと見ていたかと思えば、
庭先のアオギリはもう秋の気配を帯びてきているのだ」
という様な意味の詩です。

まことにまっとうなことを仰っている、良い漢詩ではありますが、
正直なところ、「春草の夢」を追っても良いではないか、という気持ちがありました。
それはおそらく、私が算命学で戌亥天中殺だからだと思いますが。
ともあれ、一寸の光陰を軽んじてはならない、ということに同意しつつ、
春草の夢を楽しもうよ、という気分から、
この「春草」という文字を取りました。



■2つ目 自分の宿命日干支から

私の算命学での宿命日干支は丁卯・「春の野焼き」です。
この宿命は、要は焼畑農業のようなもので、
冬の枯れ草を燃やして灰を肥料にし、春の新芽の育成を図る、
というようなことです。

そして、その焼畑の風景のなかで、私は「丁」ですから「炎」です。
つまり、枯れ草を燃やすだけ燃やす、というだけの役目です。
燃やして、灰を作るだけです。
灰が肥料となって、それをもとに春の新芽が出てくるころには、
私はなんのあとかたもありません。

ですが、私はこの宿命を素直に受け入れられました。
春の草花の新たな芽吹きのためなら、一肌脱ごう、というようなものです。
実際には草花、というより、野菜、なのでしょうが。

とはいえ、このような意味合いから、「春の草花」というのは、
私が人生を燃え尽きたあとの結晶のようなもので、
どれだけこの春の草花をたくさん芽吹かせることができるか
ということが私の人生の命題なわけです。



というわけで、二重の意味を込めて、
この「春草堂」という名前をつけたわけであります。

ちょっと一口には説明しづらいですよね。
そして分かりづらいですね。

以上、春草堂の名前の由来でした。

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