アイコン
春草堂の算命学
2014.06.26

算命学は、古代中国に起源を持つ東洋占星術のひとつです。

算命学で出来ることは、大きく2つに分類できます。

1.宿命解釈
宿命を自然の理(陰陽五行思想)に沿って解釈することで、
その人の持って生まれた役割や役目を考えること。


2.占術としての運命学(予知術)
言わば占いです。過去や未来の出来事を予知しようとする技術です。



この二つが算命学の大きな土台です。


しかしながら、春草堂では、「宿命解釈」にかなりの比重をかけています。
8~9割以上は、この宿命解釈といっても良いでしょう。



なぜなら、予知的なものにカウンセラーの大澤が興味ないからです。
正直に言って、わたくし大澤は、算命学に出会う以前から現在にいたるまで、
「占い」というものにはまったくもって興味がありません。
ただ、様々な経験から、人には宿命のようなものがあるのかな?とは考えていました。
ですから、私の根本的考え方が、「占い」ではなく「宿命論」なのです。




同じ生年月日に生まれる人は、大勢います。
ですが、その人生はそれぞれまったく異なるものです。
同じ宿命を持つのに、どうしてそのようなことになるかといえば、
持っているものが同じでも、生まれ育つ環境はそれぞれ異なるからです。


生まれる地域も違えば、家庭環境も違う。
もちろん両親が違いますから、教育も異なる。
同じように育つわけがないのです!


ですが、それぞれの宿命には、それを「活かしやすい環境」というものがある。
例えば、申酉天中殺や石門星などの商売っ気のある星は、
やはり人の出入りが多い商売人の家庭に育つと自然と活かされます。
貫索星ならば、厳しい親の元で育てられたほうが、良さが出ます。


このように、もって生まれた宿命は、「環境によって育てられる」わけです。


逆を言えば、自分の宿命を活かせる環境にいないひとは、
どれだけ良い運気が巡ろうとも気付かず、活かせもしないのです。
つまりは、「宿命を活かす環境」という土台が出来ていることが前提での
未来予測によって「予知術」はいかせるわけであって、
その土台が出来ていないのに、
あれこれと目先のものばかり追っても、何にもならないわけです。


ですが多くの人は、環境を改善する努力を怠った自分のことは棚に上げて、
「何が起こるか?」ということを他力本願的に、受動的に、願っているわけです。
ハッキリ言って、そんなことで真の幸福が得られるわけもありません。



「何が起こるか?」ではなく、「何をすべきか?」というのが重要です。
宿命に持つものや、年運月運に巡るもの、やりたいこと、によって
「何をすべきか」は変わります。


自分の宿命を知ることは、
生まれたときに与えられた「道」を知ることです。
多くの人が、社会生活を送るうちに、この道をはずれ、迷子になっています。
だからこそ、大いに悩み、嘆くのです。
まずは、この「宿命の道」を知り、その道に帰ることが必要なのです。
そして、宿命の道にさえ沿って生きて行けば、
大した不安もなく、他者と自分を比べることもなく、
ましてや他力本願的に予知に頼るようなことも必要なくなるのです。


正直に申し上げて、
「占い」という予知にどっぷりと頼りたい方は、
春草堂の算命学では対応したくありません。


宿命を知ることによって、
「自分で考え」「自分で判断し」「自分で人生を切り拓く」
とい意思を持つ人だけが、算命学を本当に活かせるのです。


そのような人には、
私もこの両手両足全身すべてと誠意をもって、
その人生の改善に出来る限りの力を注ぎたいと考えています。


「単なる占い」の方が、はっきりいって儲かります。
ですが、私の宿命がそれを許してくれません。
ですので、私は私が出来ること、やるべきことを、やり続けます。

カテゴリ