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宿命日干支解釈について
2014.06.24

算命学の命式を見るとき、

どうしてもわかりやすい陽占の星に目が行きやすいものです。
説明するほうも、陽占の星を説明する方が
相手が理解しやすいために、
陽占の星をせっせと説明するものです。
ですが、最近の私の実感として、
やはり宿命日干支を含む陰占の解釈にこそ、
宿命の役割を読み解く鍵が隠されているように感じます。

陽占は「意識できる世界」、陰占は「無意識の世界」です。
宿命天中殺が陰占に含まれることからも分かるように、
陰占の世界は、自分の意識や気持ちとは直接リンクしません。
ですから、宿命に沿った生き方をしていない人には、
なかなか自分で実感する部分が少ないわけです。
そのため、「話を聞いていてもよくわからん」ということにもなりやすい。
そうすると、説明する側も、理解させることがとても難しくなるわけです。
しかしながら、宿命に沿った生き方をしてきた人にとっては、
その人生の過去を振り返るだけで、良く理解できる点が多くあるのです。


例えば、辰巳天中殺の己亥という日干支について考えてみましょう。
己亥は「北国の浜辺」という名前のついた宿命日干支です。
その名の通り、どこか寂しさや侘しさの漂う雰囲気です。
ですが、この宿命の本質は、
「孤独の中で最大の力を発揮し、今までにないものを開発する」というところです。
自分の強い意思を持たず、宿命を活かせずに生きているうちは、
この「北国の浜辺」という風景に対し、次のように感じるでしょう。


・誰もいなくて寂しい
・暗くて侘しい
・寒くて辛い
・なんだか怖い


ですが、しっかりと宿命を活かしている人は、次のように感じます。


「ここまで来れば、誰にも邪魔されない!
独り集中できるこの場所で、しっかりと何かを作りあげよう!」


宿命日干支は、人の人生を、自然のある風景に重ねたものです。
ある意味では、ひとつの風景画の中から、どのような解釈を導き出すか、
というようなことでもあります。
ですから、同じ風景画を思い描いたときにも、
そのときの自分の状態によって、感じ方が異なりもします。
ですが、六十ある干支のそれぞれに良し悪しはないわけですから、
その風景の中からどれだけポジティブな要素を想像しうるか、
というところが大切になります。
そして、そのポジティブな解釈でその風景を明確にイメージできれば、
それは自分にとって、掛け替えのない心の拠り所となるのです。




私自身の例で言えば、丁卯「春の野焼き」ですが、
単純に考えれば「ただ燃え尽きて畑の肥やしとなる灰を作るだけ」という
なんとも辛い役回りです。
ですが、私にとっては、
「たとえ自分が燃え尽きたとしても、それによって多くの新たな命が芽生える!」
「そして、多くの笑顔が生まれる!」
というイメージしかありませんし、それはとても大好きな風景なのです。
私もとても辛いときはあります。苦しいこともあります。
けれど、幸いにも私は算命学という仕事に出会い、
多くの人のために私自身を役立てることができる環境にいます。
ですから、辛いときや、苦しいときは、
「春の野焼き」の風景を思い出すことにしています。

自分の生き方は間違っていない。
自分の人生は正しい方向に向かっている!

そう、信じることができるからです。

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